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今年2006年1月のツアーで訪問した醸造所は、Brasserie L’imprimerieランプリメリー醸造所、Brasserie Cantillon"カンティヨン醸造所、Drie Fonteinen”ドリー・フォンテイネン醸造所、Brasserie du Bocqデュ・ボック醸造所の4箇所であった。もっとも、最初の所はレストラン内の見せる設備で、実際に醸造しているのは別の場所にあると思う。四者四様で興味深いモノであった。先ず最初に訪れたBrasserie L’imprimerieランプリメリー醸造所は、繰り返すがレストラン内の設備である。醸造所の付属物と言うより、初めから営業利益を考え、併せて計画されたこの形態は、日本の地ビール醸造所でもよく見掛けるもので、近年ベルギーでも増えつつあるものだ。しかしながら、小生の多くない経験から述べさせて貰えば、その様な場所で心に残るビールに未だ出会えていない。ここも例外でなく、否、ビール愛好家にとって最悪の一つの例かもしれない、ビール以外の飲料も多く、集った人々の席を見渡しても、ワインやカクテル、そしてソフト・ドリンクが幅を利かせている。更に、深夜には、こちらで言う“ダンシング”、日本流に言えば“ディスコ”になる。最早(もはや)、ビールを賞味するどころの環境ではない。
Brasserie Cantillon"カンティヨン醸造所は、毎年見学を恒例にしている。例のEUの“食品衛星管理法”の適用で、改善(改悪?)命令が出され、昔の神秘さは無くなり、綺麗になった。そのビールの味わいも同じで、良く言えば飲み易くなった。小生が最初に訪れた時は、町工場の大きな引き戸の様な入口を入った途端、圧倒される程の香りが襲ってきた。内部は暗く、永く人の侵入を拒んできたかの様な、埃と蜘蛛の巣に覆われた古い樽の並ぶ空間であった。その味わいは、これまた初心者の理解を容易に受け入れるものではなかった。小生もグラス一杯を飲むのに、思いの外時間を費やした。今となっては、懐かしい。 Drie Fonteinen”ドリー・フォンテイネン醸造所は、カンティヨン同様、略毎年恒例にしている。醸造を始めたのは、近年であるが、Armand Debelder アルマン・デベルデール の父から受け継いだ味覚、とそれに拠る本物を見極める感覚が、言われ続けた伝統とは違っていても、最高の一つを造り出している。余談ながら、小生と同年齢の彼は、これからも生きる伝説になる。 最後に、Brasserie du Bocqデュ・ボック醸造所は、先にも記したが、そのデーターを見る限り小生の好みでは無かった。しかし、『目から鱗が落ちる。』とはこの事、その真摯な醸造姿勢に脱帽した。また、案内と説明をして呉れた女性の的確で、豊富な知識に感動すらした。 誠に残念な事に、一緒に写った集合写真はあるものの、彼女の名前を忘れてしまった。添付出来るメディアが手元に無い為、ご披露出来ないが、何方か御存知の方は、お教え下さいませ。 山田正春 ボア・セレスト 港区赤坂2-13-21 清川ビルB1 Tel/Fax:03-3588-6292 E-mail: cereste@m2.pbc.ne.jp #
by ceresteaks
| 2006-11-12 06:52
その前に、来春のベルギー・ツアーは断念する事にした。理由は二つ、参加希望者の止む無き辞退と弊店の人的体制変更である。30歳目前の、生後間も無い頃よりの旧知で、我息子とも思える料理人の突然の退職で、小生の将来の目論見が瓦解した。しかしながら今、大変幸運な事に、傑出した料理人であり、ベルギービールに造詣深い、小生が主催した『B.L.C(Beer Lover’s Club)― ベルギービールを愛情を持って扱う営業者の研究会。現在は休会中で、その名で試飲会を行っている。』の当初からのメンバーであった人物が手助けして呉れている。これ又幸運な事に、自店の移転の為、2~3年の準備期間があり、手が空いていた為だ。彼の溢れる才能と高度な技術に拠り、新たな“ボア・セレスト”の方向が開けると確信している。御期待頂きたい。
山田正春 ボア・セレスト 港区赤坂2-13-21 清川ビルB1 Tel/Fax:03-3588-6292 E-mail: cereste@m2.pbc.ne.jp #
by ceresteaks
| 2006-11-08 09:03
多方面からのお叱りを覚悟で申せば、小生はオランダでの食事は満足出来なかった。ドイツも略同様で、小生にとって安全、且つ安価で腹の立つ事の無い食事は、屋台のそれである。勿論、小生にも例外的に、この両国で幸福感を味わった食事体験はある。又、小生の知らない素晴らしいレストラン等もあるだろう事は疑う余地が無い。しかし、時間的制約と懐具合を考えると、屋台が一番である。ドイツの“インビス”と言われる屋台は、備え付けの建物の場合が多いが、オランダのそれは、トレーラーをそれ用に改良したモノが多いように思う。
そんな屋台の料理で、忘れられない食べ物の一つに、インドネシアの焼き鳥がある。形状は日本のそれに酷似しているが、ソースが大きく違う。甘いのである。詳細は、それの専門のブログなりに譲るとして。最後の夜の食事は、インドネシア料理を提案し、協議の結果、合意を得て、それに決定した。実は、めぼしいレストランを我等がホテルの近くに見付けておいたのである。なかなか立派な設えのそこは、居心地の良いものだった。焼き鳥もあった、躊躇なくそれを前菜として注文した。主菜はと考えていると、支配人風のインドネシア人と思しき男性が、『ライスディナーは、如何ですか。』と勧めてくれた。献立表を見ても、理解不能の現状では、仰せに従うのが賢明であろうと。快諾した。ところが、ところが、その“ライスディナー”には、蒸した長粒米に数々の料理が少量づつ供され、それには充分過ぎる焼き鳥も含まれていた。配慮を期待したのだが、及ばなかった。飲み物は、当然の如くアリキタリで、小生は最初にラガービールを飲み、次いで”Jenever”を注文した。それは、オランダのジンで、オランダが発祥の地である。ベルギーの北半分であるフランダース地方にもその製法の伝統は受け継がれて、幾つもの素晴らしいモノと出会える。その読みは、オランダで“イエイネフェー(ル)”、ベルギーで“ジュネヴァー”である。混同している向きもあるが、ベルギーで前者の発音は無い。“ジュネヴァー”には、Jong ヨング と Oude アウドゥ がある。直訳だと、“若い”“年老いた”であるが、この場合は違う。前者は連続式蒸留器で大量に作る近代のモノで、後者は単式蒸留器で手間隙掛けて作る。Lambicの”Oude”標示も似たようなものである。小生は、食事の後半から”Oude Jenever”を注文し、飲んだ。甘く濃い味付けのインドネシア料理には、良く合う。こうして夜が更けた。 山田正春 ボア・セレスト 港区赤坂2-13-21 清川ビルB1 Tel/Fax:03-3588-6292 E-mail: cereste@m2.pbc.ne.jp #
by ceresteaks
| 2006-10-30 12:37
短時間であったが、Rijksmuseumレイクスミューゼウム/ 国立ミュージアムでは、心震わす充実感のある滞在であった。しかし、朝から殆ど食事らしいものは無かった。しかも、Den Haag の Mauritshuis Museume でも、ここでも、思わず惹かれ注視してしまい、些か疲れた。 国立ミュージアム の近く、ホテルに帰る途中に、有名なショッピング・ストリートが在る。しかし、物色する意欲が無い。そこで、Leidseplein ライツプラーン/ ライツ広場に戻り、ビア・カフェを探した。ここで注意すべきは、“コーヒーショップ”と“ブラウンカフェ”である。
前者は、マリファナやハッシッシを扱う店の代名詞であり、後者は、我等の馴染み深いそれに近いものである。ベルギーとの違いは、ベルギーのビア・カフェで蒸留酒は提供されない。する事が出来ない。これは、ベルギーの法律に因るもので、何とベルギーは準禁酒国なのだ。 その意味は、“蒸留酒を営利目的に再販売してはならない。”で、許可を取得した酒屋から家庭で楽しむ分を個人で購入するのは問題無いが、飲食店がそれを購入し、客に売る行為は禁止されている。しかし、大手ホテルのバー等で蒸留酒が飲めるのは如何したモノだろう。それは、人が文化的動機で集まり、そこに営利を伴わないで供される分は許可する、と言う例外的措置が取られているからだ。この法律はフランス・ナポレオン占領下に出来たものと聞く。 これに纏わる話しとして、自然醗酵ビールのLmbic / Lambik ランビック のLembeekを中心にした生産地がフランス・ナポレオン軍の進行時に、その名前からフランス人にアラビア語の蒸留酒を意味する“アランビック”と混同され、迫害を受けた。フランス人、或は、軍は蒸留酒がお嫌いらしかった。さて、専門的なビア・カフェも事前に調べてはいたが、探索する気力も無いまま、エール・バーへ入った。疲れた体と、脱力した気分には、柔らかい、低刺激の、イングリッシュ・エール、それもハンドポンプの樽出しリアル・エールは癒して呉れる。ついつい二杯、三杯と重ねてしまった。 山田正春 ボア・セレスト 港区赤坂2-13-21 清川ビルB1 Tel/Fax:03-3588-6292 E-mail: cereste@m2.pbc.ne.jp #
by ceresteaks
| 2006-10-23 09:33
ホテルを出て、Singelgrachtシンゲルフラハト/シンゲル運河の外側沿いの大通りStadhouderskadeスタッドホウデルスカード を時計周りと反対に進む。流石に自転車天国のお国柄だ、自転車専用路線が歩道と平行して施してある。しかし、自転車のカミナリ族(やや古い表現か。)に注意が必要だ。暫く歩くと、眼前右手に巨大な建造物が見えて来た。設計者は中央駅と同じくペトルス・カイパース。純粋に博物館(美術館)としての目的だけで建てられた欧州最初の構築物であり、その内外の美しさにも定評がある。近付くにつれ、様子の異常が見て取れる。改装中なのだ。入口と思えた所は、その前庭から工事用のフェンスに覆われ、中にある作業用トラックを恨めしく眺めるばかり。しかし、フェンスに仮の展示場とその入口の方向が示してあった。巨大な敷地を約四分の一程時計回りに進み、目指す所に至った。それにしても広い。
そこは、暫時の展示場であったが、その展示方法や観客の誘導のし方等、小生の如きド素人には素晴らしく整然としたモノと思えた。最大の目的である「夜警 Nachtwacht ナハトワハト」は二階の中央であろう部屋の正面にあった。その部屋に入るなりそのオーラに魅せられた。圧倒的迫力で迫ってくる。絵画の中の、服装や持ち物の趣味の違う一人一人が個性を持ち、今にも絵から飛び出して歩いて来るのでは、と思える。この大作をレンブラントは、どの様に描き切ったのであろう。夫々を描くに、何を思い、何を願い、筆を走らせたのだろう。ロマンだ。30年前にこんな経験をすべきだった。 山田正春 ボア・セレスト 港区赤坂2-13-21 清川ビルB1 Tel/Fax:03-3588-6292 E-mail: cereste@m2.pbc.ne.jp #
by ceresteaks
| 2006-10-17 09:04
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